当選?やりたい?
おまえ本当に当選するつもりだったのか?とよく聞かれる。
その質問をされたとき、正直、私も回答に困る。
でも、もちろん私も、そんなにバカではない。
(支援してくれた皆様、申し訳ありません。全力では闘いました。)
年間2兆円余りの利権の恩恵を右受ける何万人の組織。
しかも、60年以上も、助役から市長、助役から市長へと、
きつちり、固められてきた組織。
そんな組織に、全くの無名の若造が、
十数名の運営組織でボランティア選挙で立ち向かう。
しかも、期間はトータルで三週間。
竹槍で軍隊部隊に立ち向かう以上に、
無謀な馬鹿な闘いであることは重々よくわかっていた。
しかしながら、夕張と並ぶ破たん予測都市に数えられ、
相変わらず開発行政を辞めようとしないで、
多くの職員が前向きさを失っている姿を見て、
さらに疲弊した公務員組合や利権派議員に操られる姿を見て、
誰も、政治家がこれに立ち向かおうとしないのは、
あまりには、情けない限りではなかろうか。
(確かに革新系の候補者はいたが)
私は、保守系改革を訴える人間として、
誰も立ち上がらない政治家に対するイヤミもこめて決意した。
政治とは、勝ち負けではなく、正義感だと。
もちろん、自分が、優等生でないこともわかっている。
でも、誰もいなければ、誰かがやらなければならないのではないだろうか。
結果として、三週間で約6万人の支持を得た。
短い期間での若造たちの選挙ではあったが、現市長の1/3の人は、
私の方がまだましだと判断してくれたわけである。
この火を打ち消してはいけない。
約一年半前、接点を持つ市職員のIさんが訪問してくれた。
大変、申し訳ないが、幹部が選挙に出たから、
何としてもアイツを仕事から切れ!と言っている。申し訳ないと。
私は笑顔で答えた。
私は、自分の利益や仕事を取るか、正義を取るかの決断をして、
闘ったのだから、もちろんそんなことは覚悟の上でやってます。
当たり前でないですかと。
もうほとんど切られたし、それはもちろん最初から読んでますよと。
(本当は、恨んだら、孫の代まで呪ってやろうというネチっこいタイプだが(笑))
また、最近よく、なぜやりたいんだと気かれる。
今、京都大学の大学院で公共政策を研究しているからであろうか?
私は、正直、やりたくない。
だって今の方が、よっぽど、自由があるし、
仮にお金儲けをしようと思っても、自由にできる。
自分が苦労して稼いでいるお金も使わなくていい。
(向上心は旺盛だが、経営者でありながらも、金欲が低いことが私の欠点だが。。)
また、改革すればするほど、抵抗勢力は私もつぶそうとしてくることも
十分にわかっている。
しかしながら、まさか、この若さにして、
そして、雑草のように地べたから仕事をしてきた私が、
おとなしく人形をできるはずもない。
私は、まさしく神風特攻隊的な、無謀な決意でしか決心はできない。
でも、自分にとっては、平和な毎日が良いに決まっているではないか。
でも、それでは、社会に未来がなくなり、
この世から、正義がなくなる気がするのである。