私は学生時代に起業してから、
多くの神戸市役所職員と出会ってきた。
選挙の後は、さすがに出会いも減ったが、
神戸市職員の名刺は1000枚を超える。
さまざまな角度から、神戸市職員の姿を見てきたつもりだ。
印象に残る人に、Yさんという人がいた。
株式会社神戸市と言われた全盛期時代を
当時の市長宮崎氏を支えた側近の一人であり、
今の多くの神戸市幹部も「ドン」と認める人であった。
晩年は、しあわせの村で副村長として空港政策などに取り組んでいた。
私も何度かしあわせの村に呼んで頂き、
神戸市役所の歴史やその後の笹山市政誕生などの裏話を聞かせて頂いた。
気骨がある人で、神戸の街のことを愛しており、
役人の枠を超えて、仕事を成し遂げた方であった。
震災後、病いになられ亡くなられたが、
私には、いつもきさくにお話いただきユーモアあふれる方だった。
そのYさんが嘆いていたことを思いだす。
最近の役人は、YESマンばかりで、
自分たちに逆らってでも、信念を通す人物がいなくなった。
上の顔だけを見て、信念をもたずに市政を行なっている。
やがては、そのツケが市民や若い職員に回る。
もう内部からホンモノの仕事ができる人は現れないかもしれない。
今、残念ながら、Yさんの言う通りになってしまった。
Y氏の時代だから通用したさまざまな政策を、
時代の変化にもかかわらず、継続しているのが今の市政である。
いつも時代にも時代に機敏に対応し、変革を繰り返しながら、
一歩進んだ都市経営を行なってきたのが神戸市の伝統なのである。
それができなく、しがらみに埋まるリーダーは退陣すべである。
市民のために、職員のために、そして、先輩たちの遺志を守るためにも。
故人たちも決して、今の市政の状況に満足はできないだろう。
多くの神戸市役所職員と出会ってきた。
選挙の後は、さすがに出会いも減ったが、
神戸市職員の名刺は1000枚を超える。
さまざまな角度から、神戸市職員の姿を見てきたつもりだ。
印象に残る人に、Yさんという人がいた。
株式会社神戸市と言われた全盛期時代を
当時の市長宮崎氏を支えた側近の一人であり、
今の多くの神戸市幹部も「ドン」と認める人であった。
晩年は、しあわせの村で副村長として空港政策などに取り組んでいた。
私も何度かしあわせの村に呼んで頂き、
神戸市役所の歴史やその後の笹山市政誕生などの裏話を聞かせて頂いた。
気骨がある人で、神戸の街のことを愛しており、
役人の枠を超えて、仕事を成し遂げた方であった。
震災後、病いになられ亡くなられたが、
私には、いつもきさくにお話いただきユーモアあふれる方だった。
そのYさんが嘆いていたことを思いだす。
最近の役人は、YESマンばかりで、
自分たちに逆らってでも、信念を通す人物がいなくなった。
上の顔だけを見て、信念をもたずに市政を行なっている。
やがては、そのツケが市民や若い職員に回る。
もう内部からホンモノの仕事ができる人は現れないかもしれない。
今、残念ながら、Yさんの言う通りになってしまった。
Y氏の時代だから通用したさまざまな政策を、
時代の変化にもかかわらず、継続しているのが今の市政である。
いつも時代にも時代に機敏に対応し、変革を繰り返しながら、
一歩進んだ都市経営を行なってきたのが神戸市の伝統なのである。
それができなく、しがらみに埋まるリーダーは退陣すべである。
市民のために、職員のために、そして、先輩たちの遺志を守るためにも。
故人たちも決して、今の市政の状況に満足はできないだろう。
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