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2006年11月25日

ブログ

選挙のほとぼりもさめて、
誰もブログは見ていないだろうと、
軽い気持ちで再開したブログだが。。
意外に多くの人に見て頂いていることに驚くとともに、
見て頂いている方々に感謝しています。
独り言のつもり書いているので、
きっちりチェックせず、誤字脱字も多く、
また、時にはお酒がはいった状況で書いているので、
いいかげんな文も多いですが、
大変、申し訳ございません。お許しください。
遠くは、ワシントンやパリ。
そして、中国や韓国からも見て頂いています。
そして、霞ヶ関の人や神戸市役所の人。
本当、多くの人に見て頂いています。
また、最近では、初対面の人でもブログを見てから、
訪問してくれるようで、恥ずかしい思いです。

繰り返しとなりますが、独り言のつもりで書いているので、
誤字脱字、また、国語力が乏しい場面もあるかと
思いますが、どうかお許しください。

そして、いつも見て頂いている皆さん、
改めて感謝致します。ありがとうございます。
これからも、がんばっていきたいと思います。

2006年11月15日

教育委員会

いじめの問題が多く取り上げられている。
しかしながら、問題の根幹は大人にある気がする。
大人が病んでいるから、そのひずみが子供にいく。
大人が堂々と正義感をもって生きていれば、子供も見ている。
しかしながら、本音と建前、あきらめと愚痴の毎日。
これでは、子供達に夢は生まれない。

教育委員会。これも、いったい何者だろう。
本来、私は教育委員会は、教育者のリード、管理、ケアーを
行うべきところであるから、現場がわかる優れた教育者により
構成されるべきである。しかしながら、その事務方の長、教育長。
実質的トップは、役所の局長級や部長級のポスト。
教育にことが全くわからなかった人が突然なったりする。
その下の、部長、課長、係長も多くが、役所の事務方ポスト。
教育者も出向しているが、主導権はやはり官僚。

倫理観なしに、莫大な開発工事などで、
多くの赤字を作ったりする彼らに教育行政ができるのだろうか。
建前では、教育委員がいて、教育委員長がいるが、
教育委員会主催の行事でも、教育委員長ではなく、
事務方のトップ、教育長が偉そうに主催者挨拶を行う。
結局は、予算と人事権をもつ人間が強いことはわかるが、
あまりにも、露骨ではないだろうか。
本来、教育委員会のトップは教育委員長で、
教育長は事務方の責任者なのである。ここでは建前まで崩れている。

また、学校の校長先生には同情する。自分には、人事権もないのに、
変な先生を部下にもたされると、不祥事の責任を取らされる。
特に、突然、転勤できた校長先生が、一々、全ての教師の行動を全てチェックできない。
問題にある教師を見つけても、自分には処分の権限はない。

現場には、ある一定の歳になると教頭になれないとふてくさる教師もいる。
偏差値教育できっちりと社会もわからないまま教師になった人間も多い。

実際には、まじめで素晴らしい先生が多いのに、
一部の不真面目な職員が処分されないので、教師全体のイメージもさがってしまう。

大人も子供も、そして、教師にも、
そして、個人では矛盾を感じながらも、
組織のルールに従って仕事をする教育委員会の行政マンにも、
心のケアーが必要な時代になっているのである。

知事や政令指定都市の市長であれば、これらの問題に、
やり方によれば、突破口が開けると私は考えている。

2006年11月12日

また、腐敗した役人に失望

仕事である市の飲食施設の運営をしている。
市民の視点で政策を行ってきているその市の市長は厳しい財政状況の中ではあるが、
市民サービスの増強を目的に施設全体の補強を決断し、部下に施設改良の指示を出した。

指示を受けた部下は、実際に運営し利用者の声を聞いている現場の声を、
一切聞く事なしに、早速、出入りの建設関係者を呼び、工事の準備に入らせる。
建設関係者は、現場に来て、私達、現場の人間がいる事にも関係なく、
仲間通しで、莫大な数字をだし、工事の無闇な膨らまし計画や工事談合の話をする。

せっかく、市のトップが厳しい予算の中、決断した仕事に関して、
これらの役人は、貴重な予算だから、現場の声を良く聞いて、
市民の為に、大事に予算を使って喜ばれる施設を作ろうとしないのだろうか。
どのような利用者が、いつ、どれぐらい来ているか知ろうとしないのだろうか。
現場を無視し、上司やなぜか出入りの建設業者だけを見て仕事をしている。

本来、役人は市民の為に、市民に向いて仕事をしなければならない。
どうして、現場の生の声を全く聞かず、予算だけを膨らませようとするのだろうか。
大きな予算をかけなくても、市民サービスを向上できる課題も実際にはかなり多い。

安全で安心なサービスを目指す私達は、この施設で小さな問題でも頭を痛めている。
老朽化による白蟻駆除の問題、夜間施設でありながら照明が暗いことによる危険の問題、
又、これらの問題を改善しようとして電力容量が少ない問題、
もっと、浄水設備や什器を、安全面から改善したい問題。
地域を活かしたシーフードメニュー等を充実したいが、冷蔵庫増強の電源がない問題。
他にも、市民や利用者からの多くの要望を現場では聞いている。
しかしながら、運営者側でできる事は限られる。

どうして、こうした役人は、せっかくつこうとしている予算に、
これらの問題を聞いて、改善し、本気で市民に喜ばれるようにしないのだろうか。
何も現場の声、市民の声を聞かぬまま、又、無謀な大きな工事が始まろうとしている。
運営者には、その計画内容さえ聞かされない。建設業者の為の工事である。
これでは、市長の思いも本末転倒してしまう。
市民の税金は、できる限り有効に使うことが、役人の責務なはずなのに。。

また、こうした役人の姿が、市民の役人のイメージになることも、
ちゃんと仕事をしている役人には気の毒極まりない。

市民や現場、安全、安心を軽視し、上司や建設業者を見て行われる工事、
また、この街で事故が起きなければいいが・・・・。被害者はいつも市民である。

2006年11月11日

矢田市長へのエール

最近、与野党関係者や新聞記者が、
来年の市長選挙は、どうされるんですか?と訪ねてくる。
え?市会議員選挙のことですか?  考えていませんよ。
と言うよ、いえ、市会でなくて、市長選挙ですよ。と言ってくる。

真偽はわからないが、
一連の市政を混乱させた責任をとり、
矢田市長が辞意を固めているらしいと言う。
莫大な選挙費用を考えると来年の地方選挙と重ねて、
市長選挙を行う方が良いとの考え方らしい。
既に、一部、政党関係者は、神戸出身の中央官僚のリストアップに
入っているとも言う。

改革への決意を固め、多くの市民に支持された市長が、
全く真の改革を行わないまま、辞任することは非常に残念である。
私は、矢田氏が、空港室長や保健福祉局長をされていた時、
仕事を受託したことがある。
矢田氏自身は、上司に従順な温和な真面目な方であった。

ただ、真面目でいい人では真の改革はできない。
市政は権力者を向いて行うものではなく、
市民に向いて行うべきものである。
時には、上司の命令に異論を唱えてでも、
正義を貫く反骨精神も必要もある。
しかし、真面目な矢田氏には、それはできないと私は判断した。

私は、これまで多くの現場で、自分の目で、
市政が、利権派議員と公務員組合の良くない人たちから
良くない方向に保身の為に操られている姿を多く見てきた。
これでは、行き詰まった市政の真の改革はできない。
また、内部から生まれた役人市長ではこれらのしがらみを
切る事ができないと、勇気をもって決断した。

偶然の事件にして、今、利権派議員との関係は是正される方向に、
進もうとしている。確かに、前の市長選挙で事件の元市議が中核として、
矢田陣営の選挙をひっぱった事は事実であり、市政においても、
二輪三脚で市長と元市議があらゆる場所で、
共に行動してきたことは紛れもないはずだ。

しかしながら、せっかく、私の指摘した2つのヤマの1つが、
今、偶然にして、断ち切れようとしている。
後は、自分たちを変に保身しようとする公務員組合との
蜜月関係を断ち切ればいいのである。真面目に働く職員も多い。
真面目に働く職員が報われる役所を作らなければならない。

大きなしがらみが天の力によって解かれた今、
矢田氏は、真の市民の為の改革を公約通り、為さねばならない。
もう、選挙に出るつもりがないのであれば、なおさら、
利権派議員や腐敗した公務員組合との関係を断ち切り、
市民の為の市政を、市民の為に働こうという職員と共に、
やればいいのである。

せっかく、この世に生まれ、何かの運命で市長になったのである。
このチャンスに、自分自身を変えて、市民の為の奉公を、是非、して頂きたい。
私は、決して、権力闘争の為に、闘いの決断したのではない。
この愛する神戸の街が良くなるであれば、市政は誰がやってもいいのである。
愛する神戸を一部の利権を被る人達の街でなく、
市民全員によって運営する街にしたかったのである。

私個人にとっても、
市長や公職は、公僕であり、自分の利益の為には動いてはいけない。
個人の利益を追求できる今の経営者である方が、
自分の回りにいる人たちにも、仲間達にも、利益を供与できるのである。

世界は、今、大きく動いている。
今、変わらなければならない。
再び、輝く神戸を取り戻さなければならない。
矢田市長、決意を投げ出してはならない。
今こそ、審判を受けたあなたが、
心を入れかえて、真の改革を為さねばならないのである。
一市民からの矢田氏へのエールである。

2006年11月09日

沖縄の離島

沖縄の離島に仕事で行ってきた。
地方は、三位一体改革による地方交付税の削減に苦しんでいる。
しかしながら、現地に行ってみると当然なような気がする。
人間は、生活が補償されるとだらけてしまう。
その島では、役所も地域もすっかり、国や県からの援助で、
すっかり、今まで、気をぬいてきた。
20億円近い補助金で設立されたある事業施設は、
数人が運営し、ほとんど私物化。それでも、赤字である。
その街の財政の90%以上は、国や県からのお金で運営されている。
三位一体改革を控えた、市町村合併は、地域のプライドを守るため、
受け入れなかった。苦境にたたされている。
議員定数も職員数も約半分にした。
今、地域が追いつめられている。
しかしながら、努力を怠ったら、やがてはこうなる。
むしろ、遅かったかもしれない。
公務員だけが、安泰の時代は終焉した。

2006年11月01日

中国のある都市

2週間前行った中国のある内陸部の都市の魅惑に取りつかれ、
また、週末から行ってきた。私は、他にもいくつかの中国の都市に行ったが、
この街は凄い。45000店の雑貨卸が世界中から集まり、
毎日4000本のコンテナが世界に運びだされる。
どんな商品でもそろう。また、作らせることができる。
10年前は、農民中心の僻地であった。
政府の、国民を儲けさせる政策で、多くの人がどんどん儲けている。
税金は、一定料金の固定制だ。日本のように利益の50%ももっていかれない。
国民を稼がせることが、政府の政策で、それが地域の発展につながるという
当たり前のようで、日本の政府には、全く感じられない考え方だ。
働く人々は、どんどん稼ぎ、事業を発展させ、マンションや別荘を買い、
ベンツやBMWに乗っている、正月以外は働くらしい。
シャネルなどの高級ブランドショップも立ち並ぶ。
会社を起こしやすいよう政府系の事務所は、30坪で月15000円ぐらいの家賃。
怪しい店も公然と出店し、はっきり言って、日本にあるものは、どんなものでもある。
本当に、いったいどっちが、民主主義でどっちが社会主義かわからなくなる。
私も、この街にしばらくはまってみようと思う。

神戸改革フォーラム

10月29日の神戸新聞に神戸改革フォーラムの全面広告があった。
保守派の市民運動グループである。
来年の神戸市議選で全選挙区で候補者を擁立するらしい。
米国で、保守派の市民運動でホワイトハウスで、
ロビー活動まで行うようになったリーダーシップインシュティテットがある。
私は、この神戸の市民グループとコンタクトがなく、詳しい事はわからないが、
素晴らしいことだ。米国版は、http://www.leadershipinstitute.org である。
こうした行動が、やがては、地域政党になればいい。
私も、選挙のとき、いくつかの市民運動団体と接触したが共産党系の団体が多かった。
私の目指す、小さな政府、市民との協働の自治体との方向性が違い考えがあわなかった。
保守系の市民運動は私にとっても、大変、喜ばしい。
私は、別に候補者にならなくてもいい。その方がビジネスもできる。
社会に、自由があり、夢が生まれでばいいのである。