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2006年05月21日

新しい神戸を考える選択のとき

氷山の一角ではあるが、利権派議員と
その議員が筆頭になって闘った現職市長との親密な関係が、
表にでてきた。政治関係者や当局幹部には周知の事実であったが。
市長選挙では、残念ながら市民による自浄は果たされなかった。
結果、幸いにも、検察当局による正義ある采配がなされた。
逮捕された議員と共に、密接な関係を続けた他の与党幹部にも、
この機会に自分たちが神戸市に果たす役割を考えて直して頂きたい。
また、その議員の力に屈して、正義ある発言ができなかった
その議員が所属した会派の方々にも、この機会に初心に返って頂きたい。
この際、真に神戸を愛することのできない、
私利私欲に走る人々を徹底的に淘汰して、
住民が主体である新しい神戸の構築に全力で走らなければならない。
今度こそ、市民によって、
正しい神戸の指針を生み出さなければならないと思う。
私も、一市民として、どういった立場で、その改革に参加するのがいいか、
また、どういったビジョンをもって、神戸の街を再生させるのか、
今一度、じっくりと考え見直してみようと思う。

2006年05月14日

現場の市職員や地域の活動者に敬意

選挙に出た影響か、NPOや地域の役職を頼まれることが多くなった。
落選時に語ったように、一市民として地域のために貢献していくべく、
また、自分自身の勉強の為にも、極力、依頼を受けさせて頂いている。
改めて、驚くのは、お年寄りや主婦の方々等、NPOや地域の方々が、
本当に真面目に、しっかりと、又、きっちりとやっておられることだ。
無報酬で、また、予算がない中、本当に一所懸命やっておられる。
また、それらの関係で、市役所の現場の方や学校の先生とも、
お会いするが、こちらも、少ない人数で、しかも、限られた予算で、
苦労をされながら、一緒懸命にやっておられる。心から敬服する。

私が市役所に憤りを感じたのは、こんな事業やっても本当は意味が
ないんだといいながら、億単位を垂れ流す一部の錯覚エリート職員。
市民には予算がないといいながら、大手業者にはふんずりながら、
意味のない何百万円、何千万円の発注をして自己満足な職員。
また、組合活動と称しながら、毎日何をしているかわからない職員。

もちろん、本庁にもまじめな正義感ある職員もいるが、
こうしたふざけた職員を放置し、さらには、出世したりする
市の体質、市長の姿勢に憤りを感じ、許すことができなかった。
そして、真面目に市民の税金が使われているとは思えなかった。

おまけに、利権派議員との関係があるのか、
地下鉄海岸線や空港島建設の赤字覚悟の公共開発工事。
空港等は3000億円の投資で9割以上売れていない。
地下鉄海岸線は2400億円かけて、年約100億円の赤字である。

私は、人数不足の中、懸命に働いていられる現場の市職員に、
そして、少ない予算の中で、地域の為に活動されている方々に、
一円でも多く、予算を回し、大きく支援していくべきだと考える。

私が「市政の民営化」を訴えたとき、ある団体に、
福祉や教育の低下につながると非難された。
とんでもない話である。
民営化とは、無駄を省き、大切なものに予算を回すことである。

私にとって大切なものは、社会の為に一所懸命働く人である。
私にとって無駄なものは、社会の為に働く意志のない人である。
これらが、淘汰されていくのが、民間の発想である。
やる気のない職員が、一生、生活が保証されるのはおかしい。

現場で、一所懸命、働いておられる職員の方々が報われる
また、一所懸命、地域の為に活動されている方々が、
もっと、地域の為に納得できる活動ができる社会を築けるよう、
私はこれからも、微力ながら闘っていこうと決意を固めている。

2006年05月07日

旭通4丁目再開発暫定事業について

私が経営する会社で運営している観光バス駐車場に関する疑惑?が、
一部、インターネット上に書き込まれている。
この件に関しては、以前のブログでも述べたが、
支援頂いた方に誤解を招いてはいけないので、
改めて、説明しておく。

まず、私は、自分の会社で神戸市の仕事を多くしてきたことは事実である。
旭通4丁目の遊休地の暫定利用に関しても、
企画提案競争に参加し、弊社が採用された。

神戸市は当初、外郭団体で運営しようとしたか、
他のバス駐車場の採算を見ると、仮に、土地代がタダであっても、
当初の整備費や人件費等を考えると収支をあわないと判断され、
外郭団体での運営は棚にあがった。

しかしながら、近隣住民からの強い要望もあり予算もないが、
市は何とか民間の力でできないかと模索したようである。
そこで、民間に声をかけ、企画提案競争(コンペ)を行ったのである。

再開発工事(基本的に平成19年3月末)までの暫定利用ということと、
また、本事業は近隣迷惑となっている観光バス対象であり、
一般の乗用車駐車場など他の事業は一切できない等の制約がある。

また、地面に大きな段差があり、
約800坪に渡って整地工事、土盤工事、ライン工事等
また、電気工事や、トイレ設置のための上下水工事、
また、施設として事務所棟、トイレ棟、テント、備品などの
莫大な初期投資がかかる。
これらは、事業主(当社)の負担でやらなければならない。

これだけの投資が必要で、営業ができる期間は短く、
さらに、バスの利用料は多くは1台1500〜2000円しかあがらず、
人は当然常駐体制で、かなりの人件費がかかる。
さらにフタをあけて見ないとバスがどれだけ来るかもわからない。

これだけの条件を民間に飲ますには、
神戸市は土地の賃貸料を下げるしかないと判断したのである。

この事業でもそうであるが、
役人は事なかれ主義と言われるように、
何もしなければしないですむ。
しかしながら、この事業の担当者は住民の要望を受け、
予算もやり手もなく、数十年に渡り、雑草地になっていた場所に
知恵と汗で事業を実現したのである。

弊社もルールに乗っ取って、本事業を受注した。
怪しいことがあるのなら、私は選挙には出ない。
神戸市の現職市長を敵に回して戦ったのだから、
不正があったなら、すぐに当局から指摘される。
手続きに則って、正当に提案して、採用され、
何が疑惑なのであろうか。

バスは、やはり、当初の期待通りいかず、
来神のバスはほとんど利用がなく、
昼間は閑散としている。それでも、ゼロから事業を起こし、
20年間以上継続してきた私と弊社スタッフは、あらゆる努力をし、
何とか赤字は免れようと必死の努力をしている。

この件でインターネットの書き込みを見て、
多くのマスコミが私に取材に来た。
神戸市側にも公開文書請求も含め、聞きとりもしたようだ。
結果、きっちりとした仕様書に基づき、企画提案を行い、
採用されたことがわかったので、
一切、記事になっていない。


以前、私はブログに書いたが、
永く神戸市や多くの役所から仕事をもらってきた人間は
自分の利益を考えると、選挙などでず、
頭をさげて、笑顔で役所に通い、仕事をこれまで通りもらい、
無難に過ごした方がいいに決まっている。

自分の会社なら堂々と自分のお金儲けができるが、
市長になると、当たり前のことだが、個人のお金儲けはできない。
仕事も大変だ。そして、選挙に出ると、落選したら、
もう、神戸市から仕事が来ないことも予測できた。(事実来ない)

それでも、出馬した理由。
それは、矛盾に対して、目を避けながら、
自己の利益のために生きるのが嫌であったからだ。

そして、神戸市には正義感があり、
非常に能力がある職員が本当に大勢いる。
しかしながら、こうした職員が中々日の目を浴びない。
市民のことを無視して内向きにヨイショを繰り返す人が
上がっていく。

私は矛盾に立ち向かいたかったのである。
神戸市に永く公私共に接してきた私だからこそ、
神戸市の良い面も悪い面も、
そして、良い職員も悪い職員も下の立場から見てきたから
良くわかるのである。

2006年05月06日

市長は従順なサラリーマン型官僚では務まらない

都市経営の神様と言われた宮崎辰雄が
自ら自分の上司原口忠次郎を担いで市長選挙に当選。
1949年に原口を担いで復興部長から助役になったのが1953年。
その後、16年助役を務め、20年市長を務め、
そして、神戸都市問題研究所理事長として、
2000年亡くなるまで院政で笹山を支えた。

戦後の動乱期から高度成長期までの50年と見事に重なる。
同じ時期、時代を過ごした旧友中内功も自分の時代が終わった。
晩年、宮崎は宮岡寿雄助役のように実力のある人間を追い払った。
自分が自由に操れる人材。それが笹山市長であった。
その時、念願であった空港の本部長にしたのが矢田たつおである。

神戸では60年官僚市長が当たり前となるが、
宮崎が仕えた市長は実業家勝田銀次郎。
弁護士から衆議院議員になった野田文一郎。
弁護士で戦後追放となった中井一夫。
御曹司で70歳で公選初の市長となった小寺謙吉。
宮崎が呼んだ国の役人であった原口忠次郎である。
いずれも、政治ができる人物。いわば、この100年は、
民間人市長と宮崎支配政治だけなのである。

市長を務めるべき人物。
自分の信念のもと、現職市長であっても、ある時、
市民の為を最前提に考え、現職市長を押し倒してでも
やらねばならない時があるのかもしれない。
従順なだけなお利口公務員では決して務まらない。
実際は宮崎も自らの失職を恐れない政治家タイプであった。

宮崎は原口の晩年、市政の方向がずれていることに危惧し、
20年仕えた原口にけんかを売って市長になっている。
その後、確かに、宮崎に市政運営は、
素晴らしいものもあった。役所の経営に民間人の感覚を
そして、儲けたお金で、福祉や行政サービスを充実を。
そして、成功をおさめ、市民からも職員からも誇られる時代が
あった。議会もその力を認め、3期目からオール与党体制である。

民間の経営感覚で、利益を福祉や市民サービスを充実させる
概念は私の考え方とほぼ同じである。
しかしながら、時代は変わった。手法は変えなければいけない。
開発、土木行政の時代ではなく。それではもう儲かりもしない。
そして、何より、それでは市民がついてきてくれない。

宮崎が遺言のように残していった地下鉄海岸線や神戸空港、
そして、開発事業による土地の売買を。。
未だに、忠実にやり遂げようとしているのが、
今の市長である。時代は大きく変わった。
今の市長は、宮崎を失い、しがらみは持ち、さまよっている。
まるで、宮崎の霊に動かされるごとく。。

いくら先人が素晴らしかっても時代は変わる。
手法は思い切って変えなければ、明らかに乗り遅れる。
今こそ、市民や職員が立ち上がらなければならない。
もう、先人たちにたよるわけにはいかないのである。